
岸田劉生の「麗子像」、詳しく引用するなら、重要文化財≪麗子像≫1921年、東京国立博物館である。
下に書いた黒田清輝の「湖畔」と同じく、私にとって昔から奇妙に感じていた絵である。たしかに、岸田は黒田清輝の弟子だった時期もあるが、それは関係ない。
岸田劉生というのは、日本の美術史に残る洋画家なのだが、その人生は38才という短いものであった。
松岡正剛という現代の編集者はHPで彼の『美の本体』というエッセイをとりあげている。
「僕の画には近代的なところが欠けているかもしれない」と、岸田は言う。
グリーンバーグ的な意味での「近代性」は、絵画によって絵画を再定義することだから、岸田の絵にはこうした意味での「近代」はない。
自分の娘、麗子を描いた多くの絵がある。が、この絵はどうしてこう気味が悪いのだろう。
なりすましの顔と比較してみても、プロポーションがまったく奇妙である。横方向だけ間違えて引き延ばしたような、まるでエジプトのツタンカーメンの彫刻のようだ。
下の右の絵も岸田の麗子(《林檎を持てる麗子》,1919)だが、普通の女の子である。
しかし、左の絵(《野童図》)は気味悪い。もっとも、この絵は寒山拾得にみたてたものだというから、普通の肖像ではないようだ。
なんでこんな気味の悪い顔に描き、それに満足したのだろうか。それに、右の絵があまりに普通で魅力に欠けるのに対して、野童図の気味悪い魅力はなんだ。

誰かの顔を描いていながら、どうしてこんなに違った顔になるのだろうか。顔を描くという単純な行為でありながら、何を描くのか、その多様性さを読み解くことがここでの鍵となる。